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現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
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2017年03月01日 (水) | 編集 |
[感想]
アニメ映画「この世界の片隅に」がヒットしています。

このようなアニメ映画がヒットすることは、従来では考えられなかったことで、その要因の第一はネット上での口コミの広がりのようです。

良いものが埋もれることなく評価される時代になっていくようで喜ばしく思います。

この世界の片隅に1

クラウドファンディングで資金を調達したこと等も含めて、まさにエポックな作品として日本アニメ史に深く刻まれることになるでしょう。

この映画の主人公すずは、持って生まれたおおらかさで全てを受け入れながら淡々と生きる一庶民です。

ボーッとした性格が幸いしてか、理不尽なことも先が見えない不安なことも先ずは受け入れるからこそ、淡々と生きることができる女性なのです。

全ての苦しみは受け入れようとしない抵抗から生まれると言いますからね。

しかし、時は戦時中。

そんなすずですら受け入れがたい苦難に慟哭する姿には胸が締め付けられました。

それでもすずは気をとり直して逞しく生きていくのです。

「もののけ姫」のキャッチフレーズ「生きろ!」や、「風立ちぬ」のキャッチフレーズ「生きねば!」等のように大上段にかまえず、「それでも前を向いて生きていく」すずの姿に、我々凡人は勇気が貰えるのではないでしょうか。

コミカルな前半とは対照的に空襲が始まってからの後半は、観ていることが息苦しいものでした。

どのような経緯で終戦に至るのかを我々は歴史として知っているからです。

あのXデーが近づいていることも知らず、すずたちは戦時下での苦しい日常をたくましく生きていきます。

それを見守るような気持で我々観客は見続けなければなりません。

その息苦しさには辛いものがありました。

主要なキャラクターたちは何とか生き延びて欲しい、との思いもむなしく決定的な悲劇もありました。

すずの身にも悲劇が襲いかかります。

辛い、辛すぎる。

戦争が終わり、例によってラジオから流れる玉音放送。

すずのやり場のない切ない思いは怒りの感情として爆発します。

すずらしく「やっと終わって良かったねぇ、やれやれ…」という展開になったとしても誰も文句は言わなかったでしょう。

むしろ、そうならなかったことは驚きでした。

そこには、我々傍観者には計り知れない当事者の思いや感情があったのでしょう。

何のために耐え忍び、数々の悲劇を受け入れてきたのか、怒りの矛先の向け場すらない中で、すずの心は安定を取り戻す為に泣き叫び、心のひだの奥にまでこびりついていたストレスを放出したのでしょう。

最終的にはすず達が新たな一歩を踏み出した姿を我々観客が見届けたところで、余韻たっぷりのエンディング。

その後の展開に思いを馳せながら劇場をあとにしました。

空襲だとか配給だとかは、平和になった今の日本では考えられませんが、東北の大震災のように突如として日常が奪われる出来事は実際あったし、家庭レベルでの大惨事は日々どこかで起きています。

それが我が身に起きてしまったら、どうするのか。

その答えは、我々の体を含む自然界の中にあると私は思うのです。

例えば怪我をしたとき、身体は一生懸命に回復に向けて働きます。

血液を凝固させて出血を抑えると共に菌の侵入を防ぎ、それでも入ってしまった菌には白血球が身を呈して戦いを挑み、戦死したその残骸が膿となります。

風邪を引いてしまった場合、身体は咳や鼻水でウイルスを排出する努力をするとともに、発熱することでウイルスを死滅させようとしてくれます。

まるで災害にあった地域を復興するかの如く効果的な方法で淡々と、着々と奮闘してくれます。

大自然の采配に間違いはありません。

私たちはそこに学び、災難に遭遇したら、知恵を働かせ、それ以上の災害の拡大を防ぎ、問題をひとつひとつ消していけばいいのです。

すずのように淡々と、そして着々と。

乗り越えていく課程で、夫婦の愛が育まれ、力になっていくところは、この作品の裏テーマと言ってもいいかもしれません。

この世界夫婦


私の妻の顎にも、すずとは左右逆ですがほくろがあることもあって、しみじみと考えさせられました。

ところで、この作品を成功させた要因として、すずの声優をつとめたのんの存在は特筆すべきものだと思っています。

彼女以上の適役は考えられないほどにはまっていました。

のんは事務所の事情で能年玲奈という名前を使えなくなり、芸能界を実質上、干されていました。

それは、のんがこの作品に出会う為には必要であり、必然だったのだと思います。

チャンスは、苦難という仮面を被ってやってくるものであり、苦難の時こそが一つ上のステージに上がるべきタイミングなのです。

のん

大切なものを失ったすずとのん、時代を隔てて苦悩する乙女二人が、運命的な出逢いを果たしたことで、この作品には魂が入ったのです。

原作者と監督の出逢いも邂逅と言えるでしょう。

この二人がこの作品を生み出し、それを観た多くの人達が心を揺さぶられ、その人たちが、この世界の片隅ですずから貰ったひとかけらの勇気をもってそれぞれの人生ドラマを演じるのだとすれば、何と素敵なことでしょう。

人は生きていく課程で必ず何かをひとつひとつ失っていきます。

私は何を失おうとも、この世界の片隅で、淡々とただ前だけを見て生きていける強い人間になりたいと思うのです。

大切なものを失うと言うことは恐いことですが、それを受け入れた所には必ず「次への一歩」「新しい出逢い」が控えていることを信じて生きていこうと思います。

以上、感想でした。


追伸:ブログに感想を書くという約束を友人にしていたのですが、このところあまりにも忙しくてブログ自体書けずにいました。

やっと約束が果たせて良かったぁー。


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