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現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
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2014年08月15日 (金) | 編集 |
朝の連続ドラマ「花子とアン」で、今週は主人公花子の息子、歩君がエキリで死んでしまいました。
もう、号泣ものの回でした。

大正時代、子供がエキリになるとまず助からなかったそうです。
死ぬ直前、歩君の目がきらきらと澄んでとてもきれいになり、一瞬助かるのではというシーンがあるのですが、これは熱で脳症が進み致命的な段階に入った時の症状だそうで、知ってしまうとよけいに辛いです。

エキリの原因には諸説あるようですが、それがはっきりしないうちにいつしか日本では患者がいなくなってしまったそうです。

歩くん1

花子が自分を責めて自殺しかねない状況の中、今日の回では、約束していたのに連れて行けなかった海に行きました。
歩君が生前、雲の上から花子をみつけて「あの女のひとの所に生まれたいと神様にお願いした」と言っていたことを花子は初めて聞き、ちょうどそこに歩君が生前に暗示していた大きな虹がかかり、花子は立ち直りました。
歩君に聞かせてあげられなかった素敵な物語を日本中の子供たちに贈ってあげたい、という一つ高いステージに昇ったのです。

全ての人が使命を持って生まれてくると言いますが、小さな子供が亡くなる場合、その使命は何なのかと疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。
得てして親の成長を促すためだそうで、その説に私は納得しています。
自分の子供が亡くなることほど辛いことはないでしょうが、幾つで亡くなっても寿命なのです。

ふと思い出したことがあります。
20年前、Y校の講師になったばかりの時のことです。
突然あるご夫婦が、2年生の授業をやっている教室を訪ねて来られました。
聞けば進級を前に亡くなってしまった私の知らない男生徒の両親でした。
息子がアニメーターになると言う夢を目指して、どんな教室でどんなクラスメートと学んでいたのかを見たくて来られたとのことでした。
しばらく授業を見学されたあと、生徒たちにお礼を言い「皆さんはしっかり学んで夢を叶えて下さい」とおっしゃって帰られました。
普段ぐだぐだの生徒たちもそのときばかりは真剣な面持ちでいたのを覚えています。

人生の最後の出来事である死と言うものを思えば、人生に対して謙虚になれるし真剣になれます。
明日死んでも悔いのないような生き方をしようとか、死ぬ気になればなんだって出来るとか、強い気持ちになれます。
死と言うものの前では、どのような愚痴や不平不満も雲散霧消します。

世間様はお盆休みですが、私は一日も休めません。
しかし、愛する家族がいて、良い仕事仲間がいて、健康な体(ちょっと腕が痛いけど)があって、やりがいのある仕事に取り組めることは感謝以外のなにものでもない、と思うのです。

「命ある限り」と言う言葉を日々噛み締めて生きていこうと思います。


合唱「命ある限り」←いい歌なのでリンク貼ります

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