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現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
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2019年05月25日 (土) | 編集 |
昨日、荻窪のアニメ会社に某作品の作監打ち合わせに行きました。

5月なのに30度を越える真夏日でした。

絵コンテ&演出のY氏は、30数年ぶりの再開となる最初のスタジオの後輩でした。

近況を報告しあいましたが、懐かしかったなぁー。

30数年の時を経て、演出と作画監督という立場で巡り会って一つの作品を作っていくことになるとは…。



そもそも荻窪と言う町は、私が19歳から12年間住んだ場所です。

その間に私は、アニメーターになると言う夢を叶え、結婚もして二人の子供を授かりました。

人生的には礎(いしずえ)を築いた地です。

下の写真は昨日の荻窪の夏空です。

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一方、連ドラの「なつぞら」では主人公のなつがアニメーターになる為についに上京しました。

私の人生とも重なるので目が離せません。



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2019年05月01日 (水) | 編集 |
令和時代の初日。

午前中は妻と共にスタジオに行き、急ぎの仕事(2作品)をかたずけました。

と言うことで、あっという間に仕事終了。

お昼は中野のレンガ坂にある「五感」と言うお店でローストビーフペペロンチーノを頂きました。

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その後、電車に乗り三鷹駅で途中下車。

三鷹は、9年前から8年前まで1年間通っていた街です。

アニメーターとして現場復帰して最初に席を置いたスタジオがあった街なのです。

当時、辛い事は沢山ありましたが、今ではそれも含めて懐かしい思い出しかありません。

三鷹の街の散策を溢れるような懐かしさをもって楽しんできました。

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昭和30年代に建てられたと思われる民家


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これらも昭和30年代の匂いがプンプンする商店


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なんとものんびりとしたアパートの名前。その1とその2は発見できず!


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安い、うまい、早い、までなら吉野家と同じですが「品数多い」で一歩勝る「いしはら食堂」

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名前の通り、おきざりにされたような喫茶店

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アニメ制作会社「ぴえろ」の前を通過。「おそ松さん」では作画監督や原画をやらせて頂いた会社様です

夜はいつか観ようと随分前に録画していた中国映画「初恋のきた道」をやっと鑑賞。

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この女の子が、けなげで超かわいい

単純な純愛映画ですが、メインとなる過去パートは二人が出会って気持ちが通じあう迄で、それ以降、夫の死までの40年間が結婚も含めて全く描かれていないことに驚かされます。

しかし、ごく短い現在パートで描かれる出来事で、二人の愛がいかに深かったか、教師をしていた夫がどれ程教え子たちに慕われていたかが分かり、感動させられるのです。

「良いものを観せていただき、ありがとうございました」と言う気持ちになれるいい映画でした。

一首詠みます。

初恋の きた道と言う 映画観て 
心洗われる 令和の初日