現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
2017年04月29日 (土) | 編集 |
昨日、作画打ち合わせをするために高田馬場の手塚プロダクションに行ってきました。

手塚プロ2 (2)

手塚プロ2 (1)

手塚プロのお仕事は初めてです。

若いころは手塚治虫氏のファンで、二つのファンクラブに入っていました。

天才漫画家、手塚治虫が亡くなったのは18年前で享年60歳。

今回打ち合わせをした天才監督(かつ天才アニメーター)、江口摩吏介さんも60歳。

間もなくその歳になろうとしている自分と比べると圧倒的にプロフェッショナル度の差を感じてしまい情けなくなります。

精進せねばと思うばかりです

ただ、世の中を見渡してみると、数少ない天才とその人をサポートする大勢の人達で成り立っているのも事実。

監督だけで作品は作れないし、社長だけで会社は運営出来ません。

先ずはしっかりとサポート出来るよう頑張りたいと思います。


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2017年04月28日 (金) | 編集 |
今日の朝ドラ「ひよっこ」はかなりやばかったです。

ひよっこ

高校を卒業した主人公の峰子が、就職が決まり奥茨城村から東京へ旅立つと言う回でした。

18歳の峰子が乗ったバスを幼い妹と弟がいつまでも走って追いかけるシーンは号泣ものでした。

わかれ2

わかれ1

実は私も19歳の時に上京して一人暮らし始めたのですが、実家を後にするときに小学3年生と1年生の弟がいつまでもバスを追って走って来てくれた思い出があるのです。

その時は胸がいっぱいになり涙が溢れましたが、今回のシーンはほとんど状況が丸かぶりだったのでもうダメでした。

今にして思えば、私も当時はひよっこでした。

世の中の厳しさも知らず、ただ夢と希望だけを支えにアニメ業界に飛び込みました。

そんな私が一人前になったかどうかは分かりませんが、友人たちが定年を迎えようとしている今、まだまだ現役アニメーターでいられるとともに、ひよっこ達を育てる講師稼業も20年来続けています。

かつての自分と同じような青年達の為に尽力し、そんな仕事に使命感を持って取り組める事には心から感謝しています。

ここで一首詠みます。

いつまでも バスを追いかけ 駆けてきた 弟たちの 涙の想い出

もう一首。

ひよっこも いつしか夜明けを 告げる鶏(とり) その足元に ひよっこの群れ


2017年04月26日 (水) | 編集 |
今日はアンプスのレクレーションデーと言うことで、30名程の学生たちを引率して、「杉並アニメミュージアム」へ行ってきました。

杉並会館の3、4階に設けられた日本で唯一のアニメのミュージアムです。

このミュージアムが出来る遥か前に、私はこの会館で結婚披露宴を挙げているので、アニメのミュージアムが出来ると聞いた時には運命的なものを感じました。

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ミュージアムには10時半から12時半までいたのですが、11時からの定期上映会で日本を代表する人形アニメ作家、川本喜八郎の「花折り」を皆で観賞しました。

いやぁ、見事な作品です。

学生たちに見せる事が出来て良かった。

AM1.jpg

ミュージアムではアニメの歴史や制作工程が学べるだけでなく様々な体験が出来ます。

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am3.jpg

また、充実した映像や書籍類が自由に閲覧出来るので飽きる事はありません。

ミュージアムを後にしてからは近くの「桃井原っぱ公園」に移動。

八重桜の下にブルー(グリーン?)シートを敷き、食事(学校が用意)をしながら2時間ほど親睦会を楽しく催しました。

原っぱ公園

私はお酒を飲んでしまい、ほろ酔い気分で4時ころ学校(スタジオ)に戻りました。

今日中に上げると約束した原画を2カットを描きあげて進行さんに引き渡したあと、次の仕事のレイアウトを1カットだけやって9時40分にスタジオを出ました。

講師とアニメーターという二足のわらじ稼業は確かに大変ですが、楽しく充実した一日でした。

今日の一首。

奇しき縁 杉並アニメ ミュージアム 結婚式の 想い出の場所



2017年04月21日 (金) | 編集 |
今年度、金曜日は私にとって授業やイベントがない唯一の曜日なのです。

しかしアニメーターとしての仕事が目白押しなので休める訳でもなく、実際、正月休み以来これまで、一日も休日は取れていませんでした。

ですが遂に今日、4月21日(金)、念願の休みを取り、妻と銀座へ行って東京宝塚劇場で歌劇の観劇をして来ました。

2ヶ月も前に購入していた8800円のチケットは無駄に出来ませんからね。

開演は1時半からだったので家を早目に出て、先ずは創業70周年の「銀座スイス」という洋食屋さんで昼食を取りました。

スイス

ここはカツカレー発祥の店として有名だったので、私はズバリ「元祖カツカレー」を、妻は「ハンバーグとホタテフライのランチ」を美味しく頂いてきました。

スイスカレー

そのあと、昨日オープンした銀座の新しいランドマーク「GinzaSix」をチェック。

ginza 6外観

地下2階のフードフロアの各店で積極的に試食を勧めてくれていたので、遠慮なく試食しまくって来ました。

six.jpg
そしていよいよ東京宝塚劇場へ。

劇場外観

観劇したのは、宙組公演「王妃の館」。

王妃の館

基本はコメディでしたが、涙あり笑いありの秀作でした。

そこから学んだことは「辛い時ほど笑おう。愛する人の為に笑おう」という教訓。

第2部のショー「VIVA FESTA」も圧巻でした。

びばフェスタ

宝塚は観るたびに、歌、踊り、演技の素晴らしさにプロの凄さを感じて圧倒されます。

自分自身、アニメーターとして、講師として、匹敵するほどのプロであるかと問われれば、イエスと言いきれる自信はないかもしれません。

もっともっと精進せねばと思うばかりです。

劇場の客席に、いかにも地方から来た感じ満載の女子高校生の団体がいました。

高校生茨城

多分、修学旅行のプログラムの一つなのでしょう。

私の妻も宝塚にはまったきっかけは高校生の時の修学旅行でした。

終了後にロビーにいた高校生にどこから来たのか聞いてみたら、茨城県とのこと。

引率の先生とも会話ができたのですが、「今、NHKでやっている朝ドラ『ひよっこ』の舞台ですね」と言ったら、先生は我が意を得たりとばかり「そうなんですよ!」と、ドラマの舞台となっている村の方から来ている生徒を二人紹介してくれ、実は自分もそこの出身だと自慢気に語っていました。

実は私も「ひよっこ」は毎朝7時半かBS放送で観ていて、それから出勤しているので、若干のご縁を感じました。

劇場を出るとスターを出待ちしている人達が待機していたので、私たちも見ていくことに。

最前列に陣取った赤いネッカチーフの団体がリーダーの指導のもと、声かけの練習をしていました。

「私たちの理想の男役、それは勿論まなと様、運命の人にずーっとついて行きます!」。

そしていよいよトップスター朝夏まなとが登場。

まなと

ファンクラブの人達からの恐らく30通に及ぶファンレターの封筒を一人一人から受け取り、彼女等から先程の練習通りのエールを受け、それに対してお礼を言って去って行きました。

あとで知ったのですが、観劇中に、すぐ近くで4000万円の強奪事件があったそうでビックリしました。

さて観劇のあとは、「WEST」という妻が超お気に入りの喫茶店でコーヒーとケーキのセットをゆっくりと頂いたあと、新橋方面に歩いて行きました。


ウエスト外観

ウエストケーキ

さすがサラリーマンの街だけあって沢山の飲み屋さんがあり、そのことごとくで、溢れんばかりのサラリーマンが花金を謳歌していました。

新橋

自分とは明らかに違う「背広を着た人達の世界」を垣間見たようで、正直驚きました。

この活気に満ちた世界が、サラリーマンたちのストレスを飲み込み、活力を与えているのかもしれません。

どこもかしこも入り込む余地がなく、最終的には新橋ビルの地下街の居酒屋さんに滑り混みセーフ。

新橋の居酒屋

サラリーマンたちに混じって軽く食事(つきだしのマカロニサラダ、お酒、子持ちししゃも、焼き餃子)をして帰りました。

そこで一首。

春うらら 銀座・新橋・有楽町 妻と満喫 煌めきの街



2017年04月17日 (月) | 編集 |
昨日は妻がスタジオ入りして仕事を手伝ってくれました。

3つ仕事が重なっているのですが、妻には2原作業をして貰い、私は1原(レイアウト&ラフ原画)作業に専念させて貰いました。

持つべき者は同業の妻ですね。

帰りにはお礼も兼ねて中野の回転寿司屋さんで夕食。

実は日中、マンションの隣の奥様から妻にラインが入り、ご帰宅の際にピンポンしてくださいとの連絡がありました。

その通りにした結果、高級シュークリームを一箱頂きました。

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お隣のご主人様は社長さんなので色々頂き物があるようで、今回のような事は有難いことにたびたびあるのです。

お隣は黒ビールしか飲まないとのことでスーパードライを一箱頂いたこともあります。

また、ある時は実家から送られてきたという野菜を沢山頂いたこともあります。

持つべき者はいいお隣さんですね。

因みに、今回頂いたシュークリームは、京都のオアフという知る人ぞ知る有名なメーカーのもので、とても美味しく頂きました。

そこで一首。

隣家より シュークリームを 頂きし 京都オアフの 絶品美味し



2017年04月15日 (土) | 編集 |
昨日、次男の正輝一家が満を持して購入した家(中古の一軒家)に引越しました。

tatumitu.jpg

4才と3才の孫は戦力になるはずもなく邪魔にしかならないので、我が家で預かることに(妻が面倒を見た)。

私は仕事なので何の役にも立てませんでしたが‥‥。

赤ん坊だった息子が成長し、彼女ができ、結婚し、子供ができて、ついには家を買うという、まるで親である私たちの歩んできた道をなぞるかのような流れを見るに、悠久の昔から繰り返されてきた人類の営みに思いを馳せます。

子や孫に願うことはただ一つ。

親より先に逝くことだけは無きように。

そこで一首。

悠久の 過去からバトン 引き継ぎて 歩みし道に 幸の花咲く



2017年04月10日 (月) | 編集 |
一昨日、妻が友人と出掛けた東十条で「草月」という和菓子屋さんに並ぶ行列に出くわしたそうです。

「黒松あります」と書かれていたそうで、取り合えず並んでみたら、黒松というのは、どら焼きであることが判明。


周囲の人の話によると行列はいつものことで、天気がよければもっと長いとのこと。

後で知った情報によると、黒松は「東京3大どら焼き」の一つだそうです。

黒松

お土産に買ってきて貰ったので私も頂きましたが、柔らかくて上品で変に甘くなく、とても美味しゅうございました。

そして昨日、今度は大泉学園に出掛けた妻が、またもやどら焼きを買ってきました。

大泉学園と言えばアニメと漫画の街。

中でも漫画家の松本零士氏が住んでいることもあって、代表作「銀河鉄道999」関連のモニュメントやイラストが随所にあります。

と言うことで、買ってきたどら焼きにも「銀河鉄道999」のヒロイン、メーテルの可愛くデフォルメされた顔の焼き印が押されていました。

めーテル

味はまあ普通でした。

実は「銀河鉄道999」の劇場版は、私の動画マンとしてのデビュー作品だったので、どら焼きを噛み締めながら、当時の「夢と希望と情熱」に溢れていた若き日の思い出をも反芻しました。

もう一度、原点に立ち返ってアニメーションと向き合ってみようと思いました。

はからずも二日続けてどら焼きを食べることになりましたが、ちゃんとメッセージがあったのですね。

因みにこの映画のエンディングで私の名前の下にある「早原ゆみ子」は今、姓が小幡となって何故か私と一緒に暮らしています。

銀鉄エンディング

ここで一首。

夢乗せて 今再びの 旅立ちだ 銀河鉄道 スリーナインで


2017年04月08日 (土) | 編集 |
確定申告の還付金が銀行に振り込まれました。

やったー!

還付金は、アニメーターにとってボーナスのようなもの。

しかし、このお金には手をつけられません。

住宅ローンの夏と冬のボーナス払い分、及び固定資産税でちょうど消える額だからです。

実は今、欲しいけどどうしようかと迷っているものがふたつあります。

ひとつはPC付の液晶タブレット。

もうひとつは毎週パーツが届いて70週で完成する鉄腕アトム。

ともにかなり高額(20 万円くらい)なので両方という訳にはいかないし、どちらも、ないと困るものでもないので悩みます。

うーーーーーーん‥‥まあ、もうちょっと悩んでみます。


ところで今夜、10年前の教え子が絵を見て欲しいと言うので中野のロッテリアで会いました。

彼はすでにアニメ業界からは離れまっとうな職業に就いています。、

とてもいい絵を描ける人なので、今後も絵を第一の趣味にして人生を豊かにしていって欲しいと思いました。

私は忙しくてお昼を抜いていたので、ロッテリアでは新発売の「スライダーセット」を購入。

ミニバーガー

直径6センチのプチバーガーがかわいかったです。

そのあと和民でお酒を飲みながら楽しい語らいをして別れました。

そこで一首。

数えれば 千人以上の 教え子よ 夜空に祈る 君に幸あれ




2017年04月07日 (金) | 編集 |
ひょんなことがきっかけで、小学校6年生のときのことを思い出しました。

卒業式の後の謝恩会で全員が出し物をやることになった時のことです。

私は友人たちと3人で手品をやることになりました。

一人詳しい子がいて、手品の道具をいくつか持っていました。

握った手に押し込んだハンカチが消えるとか、丸めた新聞紙に注いだ牛乳がいっぺん消えてまた出てくるとか、透明な筒に押し込んだ3枚のハンカチを吹き矢のように吹き出すと繋がって出てくるとか、等を覚えています。

私が成人してから手品道具を買うようになった遠源はここにあるような気がします。

さて、その友人が「紙を水で濡らすと燃え出す手品がある」と言うのです。

そんなバカなと思いつつも、理科室に行こうと言うのでついて行きました。

友人は薬品(?)の入った戸棚から、とある瓶を取り出してシャーレに透明な液体を注ぎました。

その液体に紙の先端を浸して持ち上げると何秒かして紙がボッと燃え出したのです。

燃える紙

すごい、これはうけるぞと思いました。

ところが不思議なことに、謝恩会で手品をやったことは間違いないのですが、一番インパクトのあるこの手品をやった記憶がないのです。

もしかしたら先生に怒られてやめたのかもしれませんし、そもそも理科室での出来事が私の妄想だったのかもしれません。

私は白昼夢を見るほどに妄想ばかりしていた子でした。

もうひとつ不思議なのは手品を先導した少年ともう一人の少年、二人とも、顔も名前も覚えていないのです。

親しかった友人たちの事は、少なくとも顔くらいは覚えているのですが、一緒にグループまで組んだ二人のことを何故か覚えていないのです。

もしかしたら危険な手品ができなくなった経緯とセットで私の記憶にブロックがかかっているのかもしれません。

私のことだから、そもそもその少年そのものがいなかった可能性もあり得ますし、謝恩会が本当にあったのかも怪しくなってきました。

まぁ、どうでも良いことなのですが少年時代の思い出を頭脳以外の所に留めておこうと思いブログに記した次第です。

それにしても、紙を浸すだけで燃やす液体っていったい何だったのだろうか?

その液体の存在が確認できれば、少なくともその少年が存在したことだけは証明されるのですが。

ご存じの方、いらっしゃったら教えて下さい。

しかし思うに、学童が勝手に入ってとんでもない薬品で火遊びができてしまう理科室の管理体制っていったい‥‥。



2017年04月06日 (木) | 編集 |
一昨日、目黒川でお花見をしてきましたが、今朝は出勤前に「目」と「黒」が入れ変わった黒目川でちょっとだけお花見をしてきました。

黒目川は我が家の近くにある川ですが川沿いにずっと桜の木が植えてあってこの時期は絶景なのです。

黒目川桜1

両岸の枝が触れあう程に枝が伸びていて、なんか幼なじみが恋をして大人になって結ばれたようなロマンスを感じます。

黒目川桜2

目黒川に負けてないかもしれません。

もっとも桜自身は、 勝つとか負けるとかではなく、自分自身を100%生きているだけなんだろうけど。

そこで二首。

潔く かつ美しき 生きざまよ 桜の如く 生きたしと思う

桜花舞い ハートの形の メッセージ みんなに届け 
顔晴(がんば)れ凛と