現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
2014年08月31日 (日) | 編集 |
ついに8月が終わってしまう。

今、監督として取り組んでいる単発の大きな仕事がはかどらず、夢の中でも仕事をしている状態です。

でも自宅に帰って布団の中で夢を見られると言うのは幸せなことです。

最近、パイオニアプロダクションのスタッフたちが入れ替わり立ち替わり、かなりの頻度で徹夜をしています。
若いとは言え心配です。

minnminndaha.jpg
徹夜の友?

特に大変なのは、今回、あるOVA作品で初めて作画監督に抜擢されてたSちゃんで、一日おきくらいで徹夜をしています。

そんな中、実は5名いるスタッフの中で、ただ一人だけ、今のスタジオで徹夜をしたことがない人がいます。

その怠け者は誰あろう、代表の私です。

忙しい時は仕事を持ち帰ったり、朝早く出勤したりして、徹夜をすることなく乗り越えてきました。

今後も、出来ればそれを貫きたいと思っていますが、どうなることやら。

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2014年08月26日 (火) | 編集 |
孫のたっくんが、受話器のコードを引っ張って、我が家のファックス機能付電話機を棚から落として壊してしまいました。

まぁ、長年使ってきた物だし、一昨日で2才になったばかりの可愛い孫なので許します。
つーか、悪いのは孫ではなく、引っ張れと主張していたコードの方だから仕方がありません。

と言うことで、昨日の帰りに吉祥寺のヨドバシカメラで新しいのを買ってきました。
12時まで営業してくれているので助かります。

売り場で驚いたのですが、今時の電話機は軒並み、親機までコードレスなのです。
これで孫のたっくんが引っ張る心配はもうなくなりました。

でんわ

いつの間にかそんな時代になっていたのですね。

でも、癖ってなかなか抜けないものだから、電話がかかってきてもしばらくは、電話機の近くで喋りそうな気がします。

そう言えば、我が家に電話が入ったのは、私が小学4年生の頃でした。

その頃、おとなりさんちにはまだ電話がなかったので、おとなりさんへの電話が我が家にかかってくることがあって、よく呼び出しに行った記憶があります。

そのころ、近くの別の家ではヤギを飼っていて、よくヤギの乳を頂いたのですが不味くて不味くて往生したものです。

要するに、隣近所とのお付き合いが密接な時代だったということです。



2014年08月21日 (木) | 編集 |
私の妻の母親は福岡県で一人暮らしをしています。

短歌を詠むことが趣味で色んなところに投稿して何度も掲載されているようです。
昨日のある新聞にも載りました。

短歌
義母、早原仁美さんの短歌

読書したり音楽を聴いたり映画鑑賞したりするのもいいけれど、それってあくまでも誰かが作ったものを楽しむ受身の趣味だと思うのです。

自分で短歌や詩を書いたり、音楽や映画を作ったり、絵を描いたりすることは表現者としての能動的な趣味だと思います。

そんな表現者として素敵な作品を作り続けている義母を私は誇りに思います。

私も表現者として一生を過ごしたいと改めて思いました。

そこで、私も一句。

日常を言葉で紡いで詠みあげる
義母(はは)の短歌に
座布団百枚



2014年08月18日 (月) | 編集 |
ひたすら忙しく働いているうちに、世間様で言うところのお盆休みが終わってしまいました。
通勤電車にはサラリーマン諸氏が戻ってきました。

プライベートでしなきゃいけないことも色々あるのですが、帰宅時刻はほとんど11時を回るので、それからだとどうしてもやる気が起こりません。
やっとたどり着いた我が家では、とにかくビールをプハーッと飲んでくつろぎたいと言うのが本音。

と言うことで、最近試みているのが早起きをして朝、作業するということ。
朝は精神的にも集中できるし、1時間あれば結構色んなことが出来るものです。

今朝は5時半に起きて、セーラームーンオンリーイベントに出す同人誌の表紙の絵の描き直しをしました。
先日ふと見直した時に、何でこんな絵を描いてしまったんだろう! と思ってしまったからです。
顔は崩れてるし、デッサンは狂っているし、ポーズも決まってないし、髪の毛の躍動感もない、と言う散々なもの。
表紙は大事なのでしっかりと描き直ししました。
セーラームーン軽いデータ3


朝を制する者は一日を制す。
早起きは三文の徳、とも言いますね。



2014年08月15日 (金) | 編集 |
朝の連続ドラマ「花子とアン」で、今週は主人公花子の息子、歩君がエキリで死んでしまいました。
もう、号泣ものの回でした。

大正時代、子供がエキリになるとまず助からなかったそうです。
死ぬ直前、歩君の目がきらきらと澄んでとてもきれいになり、一瞬助かるのではというシーンがあるのですが、これは熱で脳症が進み致命的な段階に入った時の症状だそうで、知ってしまうとよけいに辛いです。

エキリの原因には諸説あるようですが、それがはっきりしないうちにいつしか日本では患者がいなくなってしまったそうです。

歩くん1

花子が自分を責めて自殺しかねない状況の中、今日の回では、約束していたのに連れて行けなかった海に行きました。
歩君が生前、雲の上から花子をみつけて「あの女のひとの所に生まれたいと神様にお願いした」と言っていたことを花子は初めて聞き、ちょうどそこに歩君が生前に暗示していた大きな虹がかかり、花子は立ち直りました。
歩君に聞かせてあげられなかった素敵な物語を日本中の子供たちに贈ってあげたい、という一つ高いステージに昇ったのです。

全ての人が使命を持って生まれてくると言いますが、小さな子供が亡くなる場合、その使命は何なのかと疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。
得てして親の成長を促すためだそうで、その説に私は納得しています。
自分の子供が亡くなることほど辛いことはないでしょうが、幾つで亡くなっても寿命なのです。

ふと思い出したことがあります。
20年前、Y校の講師になったばかりの時のことです。
突然あるご夫婦が、2年生の授業をやっている教室を訪ねて来られました。
聞けば進級を前に亡くなってしまった私の知らない男生徒の両親でした。
息子がアニメーターになると言う夢を目指して、どんな教室でどんなクラスメートと学んでいたのかを見たくて来られたとのことでした。
しばらく授業を見学されたあと、生徒たちにお礼を言い「皆さんはしっかり学んで夢を叶えて下さい」とおっしゃって帰られました。
普段ぐだぐだの生徒たちもそのときばかりは真剣な面持ちでいたのを覚えています。

人生の最後の出来事である死と言うものを思えば、人生に対して謙虚になれるし真剣になれます。
明日死んでも悔いのないような生き方をしようとか、死ぬ気になればなんだって出来るとか、強い気持ちになれます。
死と言うものの前では、どのような愚痴や不平不満も雲散霧消します。

世間様はお盆休みですが、私は一日も休めません。
しかし、愛する家族がいて、良い仕事仲間がいて、健康な体(ちょっと腕が痛いけど)があって、やりがいのある仕事に取り組めることは感謝以外のなにものでもない、と思うのです。

「命ある限り」と言う言葉を日々噛み締めて生きていこうと思います。


合唱「命ある限り」←いい歌なのでリンク貼ります


2014年08月01日 (金) | 編集 |
今夜、高校時代の友人T君と中野で飲みました。

時々誘ってくれる親友です。

時間貧乏な為か自分から誰かに「飲もうよ」とかなかなか言えないので、誘ってくれると嬉しいものなのです。

仕事のこと、家族のこと、子供時代のこと、アニメのこと等々、とりとめもなく語り合ってきました。

心置きなく何の緊張感も持たずに会話が出来る貴重な友人です。

眠眠という中華料理屋さんでビールを何杯もおかわりしながら色んな単品を食したあと、中野ブロードウェイのMiyamaという喫茶店で紅茶とケーキのセットを頂いて約3時間の楽しい時間を過ごしました。

けーき


一句詠みます。

三時間
心の友との語らいに
心癒され
心地よく酔う