現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
2014年07月27日 (日) | 編集 |
「思い出のマーニー」を観たことをきっかけに、私にとってのマーニー探しをしてみました。

マーニー2

私には祖母が二人いました。
祖父は二人とも私が生まれる前に亡くなっています。

母方の祖母は優しいおばあちゃんでしたが、山形に住んでいたので滅多に会うことはありませんでした。
ガリガリに痩せていて、語尾に「はあ」がつく山形弁が印象的でした。

父方の祖母は同居していたので当然、印象は強く残っています。

実は母と祖母は嫁姑の仲が良くありませんでした。
そもそも結婚そのものに反対していたようです。
そのためか、祖母は父親似の兄を溺愛し、母親似の私を露骨に邪険にしました。

兄は確かに出来の良い子だったし、私は相対的に出来の悪い子だったので、それも理由の一つだったかもしれません。

当時(私が小学2年生の頃)、NHKで「次郎物語」というドラマをやっていました。

次郎物語

主人公の次郎(私と同じ二男)が祖母に邪険にされ続けるシーンを見ながら自分と重ねて観ていた覚えがあります。
ちなみに、次郎を演じていた子役は、後にガンダムのシャアの声優としてアニメ業界にも名を馳せた池田秀一氏です。

さて、そんな祖母が私が小学3年生の頃、寝たきりになりました。

ある日、家に私と祖母しかいなかった日のことです。
祖母が私を呼ぶので行ってみると「足元にゴキブリがいるから追い払ってちょうだい」と言うのです。
見てみるとそれはゴキブリではなくコオロギでした。
「コオロギだから大丈夫だよ」と言って、それでも追い払いました。

その後に聞いた祖母の言葉は一生忘れないものとなりました。
「きいちゃん(私のこと)には良くしてあげなかったのに、ありがとうね」と言うのもでした。

祖母はそれから間もなくしてお題目を唱えながら眠るように亡くなりました。
生前に貰ったこの一言が、もしなかったら、私は幼心に傷を負ったままだったかもしれません。

私にとって祖母の亡骸は生まれて初めて見る人間の死体でした。
火葬場で見た祖母のお骨は真っ白で綺麗なものでした。
それに引き替え、隣の焼き場から出てきた老婆のお骨は真っ黒でした。
「うちのおばあちゃんは成仏したんだよ」と言う大人の言葉を子供ながらにも深く噛み締めました。

ただ、死と言う未知なるものへの恐怖心がかなりあったようで、祖母の遺品の入っていた小屋を開けることすら出来ませんでした。

そんなある日の夜、布団に入って眠れずにいた時、天井の方から突然はっきりとした祖母の声で「きいちゃん」と呼び掛けられられました。
天井の片隅に一瞬、祖母の顔が浮かび上がりました。
私は思わず「なあに?」と返事をしたのですが、その後は沈黙が続くのみでした。
不思議と怖くはありませんでした。

大人になってから、というか40歳を過ぎた頃から、あっちの世界にアクセスしている時に脳がしびれるような感覚を持つようになりました。

表現が難しいのですが、「そういうことかー!」という小さな悟りというか気付きがあるときに限って脳がジーンと心地よくしびれるのです。
そして、その感覚が、「宇宙がOKしてくれている」という確信に繋がるのです。

数年前、仕事中(特に授業中)にあまりの眠さについ、うとうとしてしまった時に肩をつつかれて意識を取り戻すという経験が何度もありました。
ところが、振り返っても誰もいないのです。
明らかに物理的な感触があったので当初は不思議に思いましたが、何度か続くと只純粋に「ありがとうございます」とお礼を言えるようになりました。

そんなことも含めて「守られている」と言う感じになることが今でも良くあります。

直感的に祖母が守ってくれているような気がして、去年、帰りの夜道を歩きながら天に向かって「おばあちゃんなんですか?」と問いかけたことがありました。
そのとたんに脳が強烈にジーンとしびれたので、やっぱりそうなんだと思いました。

過去は変えられませんが過去の出来事に対する解釈を変えることで自分を縛っていたものから解放されることがあります。

幼児期にトラウマの原因をもった人に退行催眠をかけて当時の出来事を再体験させると、大人の視点でその出来事を解釈し再構成することで、トラウマを解消することが出来るそうです。
トラウマの原因が幼児期でなく、前世にある場合は前世まで遡る前世療法が効果的だそうです。

前世療法はいつか受けてみたいとは思いますが、祖母については、前世療法を受けずとも、私の中では記憶の再構成ができています。

私の祖母は幼い私を邪険にするという役割を持って存在してくれていたのです。
それは私のカルマの解消のためであり、かつ、そのような体験をすることで学ばなければならないものを私が持っていたからなのです。
しかし、それがトラウマにならないように、亡くなる直前に、謝罪と感謝の言葉を残してくれたのです。
その言葉を貰えるきっかけとなったのはコオロギですが、そこにコオロギが存在していたことは決して偶然ではないでしょう。

「思い出のマーニー」は、まさに主人公の杏奈が記憶の再構成をして成長していく物語です。

現実的に考えれば杏奈の不思議な体験は白昼夢でしょう。
私も中学生の頃は夢遊病の気(け)がありましたし、夢か現実か区別がつかないような白昼夢を見ましたのでよく分かります。

祖母のことはいつか文章にしておきたいと思っていたので、マーニーを観たことはいいきっかけになりました。
本当にありがとうございます。


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2014年07月22日 (火) | 編集 |
昨日の「マレフィセント」に引き続き、昨夜はジブリのアニメ映画「思い出のマーニー」を妻と観て来ました(もちろん仕事帰りに)

いつも吉祥寺なので、今回は立川の「シネマシティ2」というとても綺麗な映画館にしました。

実は、事前にネタバレ注意というものを我慢できずに読んでしまい、最後の落ちまで知ってしまっていたのですが、それでもラストシーンは涙なしには見られませんでした。

マーニー

時空を越えた不思議な体験と言うのは実際にあるし、人を思う気持ちが奇跡を起こすことってあるんですよね(経験者談)

試写会を観た学生から「微妙」的な感想を聞いていたので、どうかなと思っていましたが、私にはとても良い作品に思えました。

宮崎&高畑コンビの関与ゼロで作った新生ジブリの一作目としての責任は立派に果たしたんじゃないでしょうか。
ただし今後のジブリが、ラピュタやトトロ、千と千尋やポニョのようなオリジナル作品を作れるのかどうか、あれはやっぱり宮崎駿の才能以外の何物でもない訳ですからね。

妻が意外なほど感動しまくって、杏奈とマーニーのノートを買って帰りました。

と言うことで、劇場で観たかった2本の映画を二日で観てしまったので、今後は、こぴっと(しっかり)仕事に勤しもうと思います。



2014年07月21日 (月) | 編集 |
昨日は久しぶりに妻にスタジオ入りしてもらい、仕事を手伝ってもらいました。
3カットやってもらう予定が2カット半でタイムリミット。
6時半にスタジオを出て吉祥寺の映画館「吉祥寺プラザ」へ行き7時15分から念願の「マレフィセント」を観て来ました。

ディズニーの「眠れる森の美女」でヒロインのオーロラ姫に呪いをかけた魔女を主人公にした3DCG満載の実写作品です。
「眠れる森の美女」は大好きな作品だったので、それが魔女(実は妖精)視点でどう描かれるのか興味津々。

結果は期待以上の満足感に満たされました。

マレフィ線と


テーマは真実の愛。
そもそも通りすがりの王子様との間に真実の愛が生じるはずもないのです。

様々な種類の妖精たちが美しく、またコミカルに描かれていて、本当にその世界があるかのような気持ちにさせてくれるし、空を飛ぶマレフィセントの心地よく、時に激しい滑空シーンの体感がビンビンと伝わってくる素晴らしい映像表現でした。

権力に目がくらみ人を傷つけ、その座に着いたら追い落とされる恐怖に支配され、ちっとも幸せじゃなかった男の生きざまには教訓がありましたね。

とてもいい映画を作ってくれた人達に感謝、感謝です。

2014年07月16日 (水) | 編集 |
昨夜は気分が優れず、ヘロヘロになって11時頃、家にたどり着きました。
疲労困憊で果てしなく疲れたぁという感じでした。

体が資本の稼業なので悪化させる訳にはいきません。
アニメーター稼業はともかく、講師の方は絶対に休めない仕事なので責任が重大なのです。

ぬるい湯にゆっくり浸かり、気持ち悪かったので食事はおかずだけにして、それでもビールはしっかり頂いて、吉本新喜劇を見て大笑いして、しっかり7時間寝ました。

朝起きたら、お陰さまで気分爽快。
本来の自分を取り戻していました。

いよいよ夏バテの季節なので、しっかりと意識して体調管理を行っていこうと決意したおばた先生でした。

ちなみに、昨夜は飲んだレモンビールはとても美味しかったです。

レモンビール

2014年07月14日 (月) | 編集 |
先週末、台風8号が列島にもたらせた被害は大きかったようですが、ありがたいことに関東地方は思いのほか軽く済みました。

寝てる間に通り過ぎたようで、目覚めたら台風一過の青空になっていました。台風一過の青空は大気の汚れが一掃されてとてもクリアで気持ちがいいです。

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なんか教訓を感じますね。
もやもやした状況を一変させるには、大なたを振るうことも必要ということかな。

もう一歩深く踏み込んでみましょう。

あなたの心の中のもやもやは何が原因なのでしょうか?
それは、思い通りにいかないことへの不満でしょうね。
「受け入れがたい思い」と言ってもいいかもしれません。

それが「人」の場合、その人もきっとあなたに対して同じ思いを抱いていることでしょう。
そもそも人を変えようという発想が間違い。

ワールドカップの試合を見ればわかります。
相手や状況ををどうにかするのではなく自分が強くなって一つ上のステージに上がるしかないということ。

限界と思われることや想定外の問題を一つ一つクリアしていくところに人生の醍醐味があります。
発想の原点に置くべきことは「全ては必然であり、気付きを促すために起こっているのだ」ということ。

「さあ、台風よ来たれ!」という気概で自ら台風を呼び寄せて、心の中の暗雲を吹き払っていくような強い生き方をしたいものです。

一句詠みます。

今日もまた、
台風一過の青空を、
心の中に、瞳の中に 
 


2014年07月07日 (月) | 編集 |
月曜から土曜までは、毎日、何かしらの授業があります。
日曜日は学校の体験イベントがたいていあるのですが、昨日の日曜日は何もなかったのでアニメーター仕事に専念出来ました。

レイアウトやラフ原画の場合はクリエーティヴな作業なので頭を使うのですが、昨日の仕事は作画監督と戻ってきたラフ原画の仕上げ(第2原画)だったので、山のようにある仕事を切り崩していくような作業をひたすらしてきました。

ワンセグテレビを見ながら作業したのですが日中に感動的な番組が立て続けにありました。

男手一つで育ててくれた父が癌になり、余命幾ばくもない中、娘が父に花嫁姿を見せたくて様々な障害を乗り越えて病院で結婚式を挙げるドキュメンタリー。

もう一つは、かつて角界を揺るがした八百長疑惑の最中、疑惑をかけられて角界を追放された二人の若き力士(ともに潔白を主張)のその後を追ったドキュメンタリー。
一人は裁判で戦い、勝利を勝ち取って角界に復帰。
もう一人はプロレスラーに転向し信じてついて来てくれた彼女と結婚し、新たな道を力強く邁進。

ともに感動的だったのは親方や家族が信じてくれていて、その思いに応えようと挫けずに頑張っていく姿でした。
私はテレビを見ながら人知れず、溢れる涙を拭きつつ仕事をしたのでした。

脱法ハーブを吸引してクルマを暴走させて人を死なせた事件とか、カラ出張疑惑の号泣県議とか、イヤなニュースばかりの昨今、人の心をいい意味で揺さぶる番組がもっと増えてくれればいいなと思いました。

ニュースというのは基本的に事故や事件を扱いますが、心温まる出来事ばかりを集めたニュース番組があってもいいと思うのです。

2014年07月01日 (火) | 編集 |
こないだまで、毎週楽しみに観ていたテレビドラマ「ルーズヴェルトゲーム」と「ファーストクラス」がほぼ同時に最終回を迎えてしまいました。
ともに、叩かれてもくじけず、苦難を成長の糧にして強くなる人間の生きざまが描かれた作品だったので、多くの教訓が得られました。

ということで、現在、見続けているドラマはNHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」だけになってしまいました。
これは「赤毛のアン」を翻訳した村岡花子の伝記物語です。

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出勤前、朝7時半からBSで観ることが日課になっています。録画もしているので、見逃した時は帰宅してから観ています。

若い頃「赤毛のアン」シリーズは読破したし、高畑勲監督のアニメ「赤毛のアン」も大好きだったので、1話を見たら止まらなくなりなってしまったという訳。
花子役の吉高由里子の明るく清楚な演技がとてもいいです。

ところで、「赤毛のアン」の一節にこんなものがあります。

「クイーン学院を卒業したときは、未来がまっすぐな一本道のように、 目の前にどこまでものびているようだったわ。
どんなことが起こるか、先のほうまで、見とおせると思ったくらいだった。
でも、今その道には、曲がり角があるの。
曲がり角のむこうになにがあるか、今はわからないけど、きっとすばらしい ものが待っていると信じることにしたわ。
それに道が曲がっているというのも、またなかなかいいものよ、マリラ。
あの角を曲がったら、その先はどうなっているんだろうって思うもの。」

いいセリフです。
角を曲がった所にいったい何があるのか、不安に思ったり恐れるのではなく、ワクワク楽しみに生きていきたいものですね。