FC2ブログ
現役アニメーターであり,アニメ教育にも命をかけているおばた先生が,日々の出来事や思いを綴ります。2012年1月以前のブログはこちら→http://ameblo.jp/obatasensei/
2014年03月07日 (金) | 編集 |
今夜7時から9時半過ぎまで、高校時代の友人T君と中野で飲みました。

牛もつ鍋をつつきながら、彼が去年患った大病のこととか、子供の悩みとか、映画(かぐや姫の物語、永遠の0)の批評とか、色々な話をしました。

悩みは尽きないかもしれないけれど、特攻に向かう兵士とか、死を宣告された患者、若しくはお腹の子が大きな障害を抱えていることが分かっていながら産むことを決心した親のことを思えば、全てが小さな事だね、とはいうものの、現実との闘争は逃げ場のない苦しみを伴うのも事実。

年相応の悩み、それぞれの立場故の悩みは汲めども尽きず、いかに対処するかということが今日の話題の中心でした。

いい機会なので、ブログを書きながら、私の考えをまとめてみようと思います。

そもそも苦しみと言うものは、身に降りかかった事を受け入れ(られ)ず、抗う事でわき起こってくる感情だと言うことを知れば解決法が見えてくる。

つまり、抗わず、何か自分にとって意味のある事として、先ずは無条件に100%受け入れればいい。

全てのことは必然であり、自分にとって必要なことがベストなタイミングで降りかかっているんだと思うこと(思えないという人は思ってしまうこと)。

今回の人生の課題が今という絶妙なタイミングで、来るべきものとして発動しているんだと捉えていく。

一体この出来事を通して大宇宙は自分に何を学べと言っているのだろうかと考える。

この思考の行き着く所として、一見苦難と思える出来事は、一つ上のステージに上がるチャンスなのだと気付く。

そして今、機が熟して上がるべき時が来たのだと気付く。

そこには苦しみではなく、感謝と勇気がわき起こってくる。

人生と言うものは、気付きを積み重ねることで、魂を成長、進化させるためにあるのだと、しみじみ思う。

日々、締め切りに追われ慌ただしく過ごしていますが、明後日、誕生日を迎えるにあたり、人生を深く考える機会を与えてくれた友人に感謝します。


超別件ですが、スタジオで使うカップをふなっしーカップに変えたなっしー!

ふなっしーカップ

スポンサーサイト